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    about 1週 ago

橿原市へのアクセス

【電車】
近畿日本鉄道 橿原線・南大阪線
橿原神宮前駅下車 東改札口徒歩3分

>アクセスの詳細を見る

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橿原市の概要


市の位置

  • 橿原市は、奈良県のほぼ中央に位置し、東西7.5km、南北8.3kmの広がりを見せ、東は桜井市、西は大和高田市、南は高取町・明日香村、北は田原本町と接しています。面積は39.52k平方メートルで、全体的に起伏が少なく、市内の中央部には飛鳥川、西には曽我川が流れています。また、万葉の時代を偲ばせる大和三山(畝傍山:標高199m、耳成山:139m、香具山:152m)がそびえ、その中央には約1300年前にわが国初の首都であった藤原宮跡があります。その他、市内には歴史的文化遺産が点在しています。鉄道網ではJRと近鉄が縦横に走り、あわせて13の駅があり、また国道24号・165号・169号と道路網も発達し、大阪からは30~40分、京都からは約1時間、関西国際空港からは約1時間、名古屋からは約2時間と交通の便も良く、古代から交通の要となっています。

古代

  • 本市およびその周辺には、縄文時代から地域の拠点となるような集落が点在していたことが確認されており、5~6世紀頃には日本建国神話の舞台を形成し、そして7世紀には「藤原京」が、南北18条、東西20坊の町割りの制度「条坊制」により大小の道路によって区画した街区があったことで知られており、当時の人口は2~3万人を擁した我が国最初の本格的計画都市でありました。
    「藤原京」はわずか16年で首都としての機能を終えましたが、本市周辺では今でも藤原京時代の道路跡がいくつも発見されており、後に経済の中心地として発展する大阪への交通利便性の高いまちとして、中世・近世・現代を通じて都市として発展しつづけました。

中世・近世

  • 古代の条里制を基にした骨格道路である「横大路・下ツ道」がお伊勢参りや熊野詣の人々などで賑わい、整然と区画された農地によって構成される「農村集落」や、外敵からの襲撃を避けるために集落の外周部に濠を巡らした「環濠集落」が形成されました。なかでも、一向宗の寺内町として建設された「今井」や現在の市の中心部でもある八木は商業・金融で栄えました。

近代

  • 日本建国ゆかりの地として「橿原神宮」が建立され、これとほぼ時を同じくして鉄道網の整備が始まりました。鉄道整備にあたっても、古来からの東西南北の交通の結節点としての位置付けが改めて確認されました。

現代

  • 戦後、高度経済成長期に突入し、都市部への人口集中による地価高騰から、郊外の都市において、住宅需要が高まってきました。こうした需要に応えるために、多くの戸建住宅が建設され、市街地のスプロール化が進行しました。

<橿原市ホームページより抜粋>

● 橿原市公式WEB http://www.city.kashihara.nara.jp/

● 社団法人橿原市観光協会 http://www.kashihara-kanko.or.jp/

● 一般財団法人奈良県ビジターズビューロー http://nara-kankou.or.jp/
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